助け助けられ、また助けて。

今日は天気もよく、近所の幼稚園では運動会です。フェンス越しにゴールデンレトリーバーとおじいちゃんが運動会をぼんやり見ていました。私は大根と油揚げの煮物が食べたくて、近所の庭先販売へ。そこへ、前方から前かがみによろめきながら歩く老婆が。傘をさし、サンバイザーをかぶって。「私好みの老婆だ…」と思っていたら。

すってんころりん。

ものの見事に顔から落下。近くにいた人が慌てて起こして見たら、顔から流血。私も恐る恐る近寄ってみる。話を聞いたら、老婆はウチの近所で、一人暮らしだというので、私が家までついていくことに。道すがらだらだら流血の割にはしっかりしている老婆。しかし私の名前を聞いては、小首をかしげ、30秒後には聞きなおす。御年85歳。先日姉を亡くしたばかり…という老婆の家へたどりつくと、玄関には幼児のような文字で

『忌中』。

その家は、私がいつも散歩で通る立派な三階屋。夏はNHKのテレビの音がはっきり聞こえていました。

「…ここかぁ。」

いつも見かける家にお邪魔するというのは何とも言えないスリル感があって。家に上がって顔の手当てをする。けがが大したことなかったので、ほっとしながら落ち着いて部屋を見渡すと、壁に『西田幾多郎,講演会』のでっかいポスター。上野美術館の印象派企画展ポスター。ドアにはドイツ語の詩編。

『…見かけ通りの老婆ではないらしい…』。

そして老婆はおもむろに冷蔵庫からビールを取り出し、お礼に、と持たせてくれた。休日の朝からビール。なんて贅沢な…!!

SANY4088.jpg 

思いがけない出会いに、老婆には災難だったが、私は心ときめかせてもらった。

何を隠そう、私は「これから先の人生で、道端で誰かがけがしたら、絶対助けなくてはいけない」というトラウマがある。

実は私は大学時代に、夕方急いで不慣れな道端を走っていて「どぶに飛び込む」という困難を引き起こしたことがある。今でも忘れられない。角を曲がって着地しようとしたら地面がない、あ、自分はなにかやらかしたのだ、だぁ、だぁ、ぁ…(スローモーション二十秒くらい)。気づいたら、もう、そのどぶから出ていた。おそらくネズミのような勢いでどぶから這い出たに違いない。泥だらけ。道路向かいを歩いている若い女性と目が合い、助けを求めようとするが、彼女はするりと視線をかわして去ってしまった。

どうする。これから二時間かけて電車に乗って家に帰らなきゃいけないのに。タクシーか…いや、乗車拒否されるか。いや、なにより臭いぞ、自分…

「あんた、どうしたん?いきなり消えたからびっくりしたで!」

近くで見ていたらしい、奥さん二人連れが声を掛けてくれた。そして親切にも自宅に連れて行って、シャワーを使わせてくれて。下着から靴から、何から何までお世話してくれた。温かい紅茶をいただいた。そこのお嬢さんは私の大学の近くの高校生だった。私は彼女の『新品のパンツ』を貰った。

その後、母と一緒にお礼にペアのティカップを買って伺った。母は帰り道「一体どこで飛び込んだん?」と、うれしくてたまらない、という顔でどぶを見ていた。そのどぶは幅一メートルくらい。深さも一メートルくらい。よく大けがに至らなかったものだ。その後、そのどぶには鉄板が付いていた。あれは私のおかげだ。早くからつけといてくださいよ、西宮市。そして人の困難を知らんふりするな、若者。

それ以来ウチでは『必ず新しいパンツを用意しとく事』という家訓が加わった。

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プロフィール

コキ

Author:コキ
こきあい りん(小樹藍りん)。漫画家。
1998年白泉社「別冊花とゆめ」にて商業誌デビュー。
その後「シルキー」、宙出版「いちばん怖くて綺麗な童話」「恋愛白書スタート!」秋田書店「ミステリーボニータ」「プリンセス」「恋愛よみきりmax」「プリンセスゴールド」「プチプリンセス」などでお仕事。

得意は不思議ショートと情熱恋愛もの。

現在は集英社クリエイティブ「オフィスユー」などでお仕事。

同人活動は主に『ひきこもり修道女日記』というどたばた神様コメディ読切シリーズを刊行中。

『ひきこもり修道女日記総集編上下』をCOMICZINで通販中。
各話ダウンロード販売をDLsite.comでおこなっております。

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