独り暮らし。

独り暮らしも長くなったなぁと思うことの一つに、独り言がある。最近ラヂオなどに突っ込みを入れる自分の声が大きくて、自分でびっくりすることがある。

それはまだ序の口で。

朝、階下の大家さんのさわやかな声にうっかり返事をしてしまう。

「ほら、ご飯よ!」

「…はーい。今降りていく!!」

一瞬階下が静かになる。しまった。無駄にそのあと、独語を続ける。

「…ハーイハイ、ハーイハイ、おさーるサーンだよー…」

仕方がないので、朝の散歩に出る。誰かが私のためにご飯を作ってくれてるわけがなかった…幻を聴いたのだ…

「…それってヤバくない?」

また言ってしまったでっかい独りごとに、すれ違う散歩犬がびくつく。最近は人間より動物のほうが私の独りごとに反応する。

「…や。ジブンにはわからないっすけど…」という顔で通り過ぎる犬。

じっとその犬を見続けていると、何気ない顔して振り返る。目があったら慌てて尻尾丸めて飼い主を追いかける。

ドウブツのくせに、ついでみたいに振り返ったりして。知らんふりなんかしちゃって。

ちょっとくらい「うん、そのキモチ、ちょっとわかるとか言ってもいいじゃん!

とまた、でっかい声でしゃべってしまう。

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助け助けられ、また助けて。

今日は天気もよく、近所の幼稚園では運動会です。フェンス越しにゴールデンレトリーバーとおじいちゃんが運動会をぼんやり見ていました。私は大根と油揚げの煮物が食べたくて、近所の庭先販売へ。そこへ、前方から前かがみによろめきながら歩く老婆が。傘をさし、サンバイザーをかぶって。「私好みの老婆だ…」と思っていたら。

すってんころりん。

ものの見事に顔から落下。近くにいた人が慌てて起こして見たら、顔から流血。私も恐る恐る近寄ってみる。話を聞いたら、老婆はウチの近所で、一人暮らしだというので、私が家までついていくことに。道すがらだらだら流血の割にはしっかりしている老婆。しかし私の名前を聞いては、小首をかしげ、30秒後には聞きなおす。御年85歳。先日姉を亡くしたばかり…という老婆の家へたどりつくと、玄関には幼児のような文字で

『忌中』。

その家は、私がいつも散歩で通る立派な三階屋。夏はNHKのテレビの音がはっきり聞こえていました。

「…ここかぁ。」

いつも見かける家にお邪魔するというのは何とも言えないスリル感があって。家に上がって顔の手当てをする。けがが大したことなかったので、ほっとしながら落ち着いて部屋を見渡すと、壁に『西田幾多郎,講演会』のでっかいポスター。上野美術館の印象派企画展ポスター。ドアにはドイツ語の詩編。

『…見かけ通りの老婆ではないらしい…』。

そして老婆はおもむろに冷蔵庫からビールを取り出し、お礼に、と持たせてくれた。休日の朝からビール。なんて贅沢な…!!

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思いがけない出会いに、老婆には災難だったが、私は心ときめかせてもらった。

何を隠そう、私は「これから先の人生で、道端で誰かがけがしたら、絶対助けなくてはいけない」というトラウマがある。

実は私は大学時代に、夕方急いで不慣れな道端を走っていて「どぶに飛び込む」という困難を引き起こしたことがある。今でも忘れられない。角を曲がって着地しようとしたら地面がない、あ、自分はなにかやらかしたのだ、だぁ、だぁ、ぁ…(スローモーション二十秒くらい)。気づいたら、もう、そのどぶから出ていた。おそらくネズミのような勢いでどぶから這い出たに違いない。泥だらけ。道路向かいを歩いている若い女性と目が合い、助けを求めようとするが、彼女はするりと視線をかわして去ってしまった。

どうする。これから二時間かけて電車に乗って家に帰らなきゃいけないのに。タクシーか…いや、乗車拒否されるか。いや、なにより臭いぞ、自分…

「あんた、どうしたん?いきなり消えたからびっくりしたで!」

近くで見ていたらしい、奥さん二人連れが声を掛けてくれた。そして親切にも自宅に連れて行って、シャワーを使わせてくれて。下着から靴から、何から何までお世話してくれた。温かい紅茶をいただいた。そこのお嬢さんは私の大学の近くの高校生だった。私は彼女の『新品のパンツ』を貰った。

その後、母と一緒にお礼にペアのティカップを買って伺った。母は帰り道「一体どこで飛び込んだん?」と、うれしくてたまらない、という顔でどぶを見ていた。そのどぶは幅一メートルくらい。深さも一メートルくらい。よく大けがに至らなかったものだ。その後、そのどぶには鉄板が付いていた。あれは私のおかげだ。早くからつけといてくださいよ、西宮市。そして人の困難を知らんふりするな、若者。

それ以来ウチでは『必ず新しいパンツを用意しとく事』という家訓が加わった。

現実の重さとフィクションと。

 先日、今までやったことのないような、華やかなロマンあふれる漫画雑誌資料をいただきました。今の私には遠いような。しかし幼いころ読んだ『なかよし』のあさぎり夕先生の世界だ、と思うとDNAに確実に組み込まれているのを感じながらも。ぼんやりと読んだ後に『さぁ。ご飯、ご飯』とその本を段ボールに直しました。

 その週末、私は郊外にある某医療資料館を訪ねました。普段乗らないバスに乗り、かつて彼らが「御召列車」と自嘲気味に呼んでいた列車の路線に乗り。秋の日がきらきら光る武蔵野の郊外駅に降り立ちました。MDウォークマンから流れるレディオヘッドは、怖いくらいきれいな音を奏でていました。

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その日は資料館でシンポジウムがあって、入り口には長いアンテナを立てたNHKの機材車が泊っており、関係者や従事者のような人がたくさんいました。私のような個人はほとんどいなかったように思います。そして…とても来たかった場所のはずなのに、なぜか激しい緊張感に急に襲われて。なぜだろう、と自分に問いかけながら、常設展示や企画展の、激しい肉声証言に食い入るように見入って。図書室では資料を大量にコピーさせてもらい。私は閉館時間ぎりぎりにようやく桜並木の玄関へ出ていきました。

 そして、とにもかくにも納骨堂へ行かなくては、と思い、案内表示を頼りに林へ入ると。そこは「日本の中の奇妙な王国」でした。

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 かつてその病気に罹患した人々は、故郷からも家族からも引き離されて、そして「人間」からも引き離されそうなその病とともに、ここで労働生活させられていました。

まさに、ここは、その場所、だったのです。いえ、今もそうなのです。

私の緊張感は、この場の発する熱だったのだ、と気づきました。

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今は法律も廃止され、啓発活動のためにも、この場所は地域の人も行きかう場、となりました。しかし、やはりまだまだ閉じられた世界。

この中で、じっと自分の命と向き合う果てしなく長い歳月…『世間』とは完全に別の時間が流れている。ここから見た夕陽が、いつも見る夕陽と同じとは、にわかに信じられない気持になりました。言葉を、思想を失います。

「にゃぁ。」

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人懐こい猫が、私を現実の温度に引き戻してくれました。

 それから不慣れなバスにゆられ、大きな団地群を抜けて家に帰り。ほっとした時に、ふと。「あぁ、あの…現実離れした、豪華なロマンス漫画が読みたいなぁ…」と思いました。そうだ、困難な現実に押しつぶされそうになるほど、人はフィクションを求めるのだ、少なくとも、私は。

 今、あそこにいる人々はかなりの高齢者だろうけど、かつてあそこにいた若者の中に、毎月の漫画雑誌を楽しみにしていた人がいたかもしれない。

 そう思うと、この漫画業界の、端っこにでも存在できている自分は、しっかり立たなくちゃ、と身が引き締まるのです。

 

真夜中の食事。

 最近同居人がいる。二、三日前からいつの間にやらやってきた。その生き物は真夜中になるとお腹が空くらしく、私に訴えかけてくる。

 「…い~…ン」

 困るのは私。蒲団から出ている右手の甲をかまれる。

 蚊、だ。

 昼間はどこにいるのか。夜が更けても、静かに読書していても彼女の気配は全く無い。しかし、布団に入って、ライトを消すと、遠慮がちに、確実に寄ってくる。

 「…すみません、季節ももう過ぎ去ろうとしてますし、私ももうお暇をいただこうと思うのですが、そのたび、あの吸いついたときの緊張感、飲み込んだ血液の濃さ、そしその重さで飛ぶのも苦労する、あの悦びを思い出し、あと一晩だけ…と…」

 「ぱん!」

 「…い~ン…」 

 もういなくなったか、と思うと、また真夜中に現れる。

 痒さで目が覚めた私は、つられてクラッカーを食してしまう。

 真夜中にテーブルを囲む私と蚊。

プロフィール

コキ

Author:コキ
こきあい りん(小樹藍りん)。漫画家。
白泉社「別冊花とゆめ」にて商業誌デビュー。
その後秋田書店などを経て現在は集英社クリエイティブ「オフィスユー」で『ニセモノ彼女の本当の恋』を連載中。
他白泉社「LoveSilky」で読切描いてます。

同人活動は主に『ひきこもり修道女日記』というどたばた神様コメディ読切シリーズをコミティアで刊行中。

『ひきこもり修道女日記総集編上下』をCOMICZINで通販中。
角川BOOK☆WALKERからは電子配信中。
各話バラでダウンロード販売をDLsite.comでおこなっております。

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